最終回 −アメリカの救急隊員(その2)−

事故による負傷や突然の重篤な発病の場合、救急車が呼ばれます。この救急車に搭乗しているのが救急隊員です。米国の救急隊員は、診察や投薬、外科手術など、かなり広範囲にわたる救急医療行為を現場で行っています。このようなシステムは一朝一日にして出来上がったものではありません。救急隊員が、今日の活動ができるまでには制度の変更などの必要がありました。

救急隊員の簡単な歴史と実際の現場についてAMR (American Medical Response)の地域副社長であるデニス・ジャクソンさんにお聞きしました。

AMRは、救急車を運用する株式会社です。消防署も救急車を持っていますが、病院、あるいは救急自動車の会社が各地にあります。この救急自動車の会社は、独自に患者に救急医療を行って病院に搬送しますが、地方自治体と契約をして半公営的な業務を行っています。
American Medical Respomse®
7575 South front Road, Livermore, CA 94551

AMRリバモア支社   デニス A. ジャクソン氏

Q: 千葉県の消防署と日本の救急隊員の養成学校を訪れたそうですが、その目的と印象を教えてください。
A: 私が行ったのは2000年のことです。1年生と2年生の人たちに4日間お話をしました。目的は、学生が米国に来た時に親しみやすくなるためです。
Q: もちろん一箇所の、しかも短い期間ですが、そのときの印象はいかがでしたか?
A: マネキンを使用した非常に高度の良い教育をしていました。しかし、実際に日本の救急隊員ができることは、法律上かなり限られているように見受けられました。もっと救急隊員ができる範囲を広げたら良いのにと思いました。
Q: 米国では現在、救急隊員はかなり広範囲の救急医療行為を行っていますが、歴史的にはどうだったのでしょう?
A: 1968年にフロリダ州のナゲール医師が、心電図をとること、血圧を測ること、状態の診察、問診を行って、診断を行うことを救急隊員が行えるように提唱したのが業権の拡大の始まりです。しかし、1970年代の後半でも救急隊員はほとんど何もできませんでした。緊急に補液が必要な場合でも、医師と連絡をとって、その許可を得なければならなかったのです。今日ではその必要はありません。1970年代の中ごろは救急隊員の業権に対する医師と看護師による対立がありました。1980年代になると、救急隊員は独自の判断によって気道内挿管ができるようになりました。しかし、現在、看護師にはこの権利がありません。
Q: 米国と日本の救急隊員が取り扱う患者の違いについて、何か印象に残ったことがありますか?

A: 日本の救急隊員が扱う患者は主に病気ですが、米国の救急隊員は病気も取り扱いますが外傷も多いです。この点が大きく違っていると感じました。
Q: 救急隊員による外傷の取扱いについて、簡単にまとめるとどういうことになるでしょうか?
A: “それ以上悪くしないこと。それ以上悪くならないように固定すること。気道の確保。呼吸ができること。循環がうまくいっていること。”ですね。
Q: その他に日本の救急システムについて何か印象がありますか?
A: 日本のハイテク技術です。受け持ち区域のほぼ全域をモニターカメラで捉えているのにはびっくりしました。米国は広いのでなかなかそうはいかないでしょう。
Q: 気道内挿管を行うのは、患者の体格などによっては非常に難しいと思うのですが、この点はどうですか?
A: 技術が必要である事はもちろんですが、そのための訓練です。その上、気道内挿管が必要とされる場合の状況を考えてみてください。どうしても必要な状況です。気管切開も救急隊員には許されていますが、そのような状況の時に、訓練を受けた者が、直ちに実行した方が良いのか、連絡をして時間を浪費してしまった方が良いのか、或いは何もせずにそのまま病院まで搬送するだけにとどめるのが良いのかは、業務権利を討論する以前の問題であると思います。訓練を受けた救急隊員が直ちに実行するべきです。
Q: 痛みについてはいかがですか?
A: 救急隊員は痛みについてはそれほど対応しません。もしも鎮痛薬を用いると、実際に病院で診療を開始する時に症状が隠れてしまうかもしれないからです。
Q: そうすると、鎮痛薬はまったく使用しないのですか?
A: 使用することもあります。例えば山間部や荒野で、病院まで移動するための乗り物まで患者が救急隊員と一緒にたどり着かねばならないとき、時間がかかるようでしたら、その場合は鎮痛薬を使用します。
Q: 骨折などの外傷に対しては、どのような薬を使用するのでしょう?
A: 麻薬系統のものを使用します。
Q: 単純なものであれば、それに越した事がありませんが、もしも症状が複雑であった場合はどうでしょう?たとえば、麻薬中毒で肝炎があり、外傷を負っているような場合です?
A: 他の患者同様、救急隊員は世話します。このために、手袋をはめ、時にはゴーグルで目を保護します。
Q: 保険がなく、支払能力がわからない場合はどうなるのでしょう?民営であれば、お金を受け取るのに障害がありませんか?
A: 会社としては、911の電話に対して対応する契約を地方自治体と結んでいますから、救急隊員は、どんな患者であっても最善を尽くします。かかった費用の請求と回収は、会社が努力して行います。
Q: 特に 2001年9月11日のニューヨーク世界貿易センタービルのテロ事件以後、救急隊員の装備の上で変ったことはありますか?
A: アトロピンの自己注射器やガスマスク、防衣などを装備するようになりました。それと生物化学兵器に対する訓練も行います。
Q: そうすると会社としては経費が増えて困りませんか?
A: そのかかった経費、特に無線電話などの器具については連邦政府からの払戻があります。
Q: 日本の救急隊員たち、或いはシステムについて何かアドバイスがありますか?
A: 日本の救急隊員は、もっと色々な医療行為を行うべきだと思います。

大勢の救急隊員たちの養成も簡単な事ではありません。カリフォルニアのシリコンバレーにあるサンノゼ州立大学と提携しているフットヒル大学の救急隊員の養成課程を訪れてみました。

フォトギャラリー<フットヒルカレッジ>
ぜひ大きなサイズの写真もご覧下さい。各写真をクリックすると見ることが出来ます。
フットヒルカレッジの管理棟
気道内挿管の実習風景
実習は、グループに分かれて行います。
床には、実習用マネキンがあります。
教員が個別に教えます。
頚部固定の実習です。マネキンではありません。学生同士が交代で行います。
頭部の固定です。
テーブルの上に装備とマネキンを並べて、グループごとに教員の指導のもとに実習を行います。
固定が終わったらボードに載せます。 載せるのは数人が協力して行います。
装備品類
装備品には呼吸器関係のものが多いようです。

プログラム・コーディネ-ターのチャーリー・マケラーさんにお聞きしました。

Foothill College
4000 Middlefield Road, Suite, Palo Alto, CA 94303-4739
http://www.foothill.edu

Q: 救急隊員養成コースは、何年間なのですか?
A: 単位の取得法によります。まず、救急医療師EMTであることが入学条件になっています。EMTになるために114時間の養成コースを完了しなければなりません。その後、救急医療師EMTとして、フルタイムで6ヶ月間、パートであれば960時間相当時間の病院実習と勤務経験が必要です。救急隊員養成時間(講義及び実習)は、1564時間です。全部で2638時間になります。これに加えて一般科目を習得すると学士資格を得ることができます。
Q: 実際に医療行為を行うとすると、生理学や病理学、薬理学の知識が必要であり、なかなか大変であると思いますが、なにか、カリキュラム上工夫がありますか?
A: 例えば、1週間に16時間の解剖生理学を3ヶ月間行った後で生理病理学を教えるといったように、できるだけ繰り返して、臨床的に講義するようにカリキュラムを工夫しています。
Q: 救急隊員が行う処置と薬物はかなり広範囲にわたりますが、すべて習得するのは大変ですね。
A: そうです、そのために、救急車に積み込む装備品のチェック・リストがあります。少し煩雑になりますが、参考のために救急隊員が装備する一覧表をご覧になってください。

フットヒルカレッジの
プログラム・コーディネーター
チャーリー・マッケラーさん
救急車のチェックリスト

救急車の前部

・地図
・書類挟み
・手袋

携行装備品

・吸引装置/手術用品

気道確保関係器具

 

薬品類

・1000mlの中性液
・250mlの中性液
・血糖値計
・静脈注射針各種
・止血帯
・アルコール消毒布
・ポピドンヨード消毒布
・プラスチックテープ
・バンドエイド
・ペンライト
・4インチ×4インチ消毒済みガーゼ
・各種注射筒
・骨内器具
・連動固定式静脈注射器具
・レバーロック式カニューレ
・生食ロック器具
・バキュテイナー・チューブ
・幼児用アスピリン
・エピネフリン(1:1000)
・アデノカード 6mgバイアル
・ジフェンヒドラミン 50mgバイアル
・グルカゴン 1mgキット
・フロセミド 40mg
・アトロベント 500mcg
・ベラパミル 5mgバイアル
・プロカニミド 5mgバイアル
・硫酸マグネシウム 5mgバイアル
・ドーパミン 400mgバイアル
・活性炭 50gm
・塩酸ナロキサン 2mg
・デキストローゼ 50%
・デキストローゼ 25%
・50meg 重曹
・25meg 重曹
・1000mg塩化カルシウム
・アミオダロン 150mgバイアル
・エピネフリン(1:10,000) 1mg
・硫酸アトロピン 1mg
・硫酸アトロピン 20cc
・リドカイン 2% 100mg
・リドカイン 1mgバイアル
・リドカイン4%バッグ
・アルブテロール 2.5mg/3cc
・2ml 中性噴霧治療用
・グルコペースト 15g
・生理的食塩水 10ccバイアル
・イソプレテレノール 1mgバイアル
・赤色生物災害バッグ
・エックステンション セット
・血液汚染セット
・小鋭利な物容器
・IO針
・かみそり
・吐根シロップ 30gバイアル
・エトミデート 40mg
・ロクロニウム 50mgバイアル
・サクシニ-ルコリン
・ニトログリセリン スプレー
・モルヒネ 10mgバイアル
・ベルセド 5mgバイアル
・バリウム 10mgバイアル

モニター/心臓細動除去器

 

救急車後部

・車輪付き担架の携行酸素
・携行酸素予備2本
・手首2、足首2、拘束バンド
・ネビュラーザー
・脊椎固定バッグ
・階段用車椅子
・厚紙製副子
・セイガ−式副木
・KED
・背板
・小児用背板
・吸引装置

救急車後部キャビネット

・携帯ラジオ用予備電池
・心電計用予備

(最終回終り)

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