【医療新報】かわらばん
 

  第39回 日本ペインクリニック学会関西地方会開催される



 第39回日本ペインクリニック学会・関西地方会(会長・南敏明 大阪医科大学教授)が6月6日、大阪医科大学で 開催された。折からの新型インフルエンザの影響で会場にはマスクやアルコール消毒の準備がされる中、当日は大勢の参加者が詰めかけた。高齢化に伴い 痛みを主訴とした疾患がますます増える中でペインクリニックをダイナミックに捉えようとする南敏明会長の意図は参加者の共感を呼んだようであった。

南敏明教授
ペインクリニックの基礎・臨床・応用の3分野構成を企画し、会長をつとめた南敏明教授
成果を挙げた3分野構成の特別講演
 今大会の特徴は、ペインクリニックの基礎・臨床・応用をテーマとした3分野構成で企画された特別講演であった。
まず、ペインクリニックの基礎分野から「痛みの発生維持機構と鎮痛薬の作用点」と題して伊藤誠二氏(関西医科大学副学長・医化学講座教授)が講演した。 伊藤氏は、いわゆる急性痛は生体に対する一時的な警告反応であって記憶には残らないようになっているが、慢性痛は脊髄における痛みの記憶であると指摘し、 末梢組織からの持続的な痛み刺激の入力が脊髄後角での二次ニューロンの興奮性変化を引き起こすメカニズムなどを紹介した。
 次に、臨床分野からは「緩和医療の全人的疼痛―スピリチュアルペインをどうするか」と題して畑埜義雄氏(和歌山県立医科大学付属病院長)が、がん終末期 医療の現場で誰がどのように患者のスピリチュアルケアをすべきかについて言及した。
 そして応用分野からは田中紀之氏(大和ハウス工業・総合技術研究所フロンティア技術研究センター ライフサポート研究グループ住居医学研究チーム)が、 「住み慣れた地域で住み続けるために―Aging in Place に向けた住環境」と題して、講演をおこなった。田中氏によれば、人は高齢化に伴って「居を移すこと」に 対する適応力も弱くなる。自宅での介護が難しくなれば施設に移り、疾病の管理が必要になれば病院に移らざるを得ないといった現代の高齢者の居住環境の変化が、 認知能力の衰退した高齢者に与える影響なども考慮していく必要があると、その研究の一端を紹介した。
患者の”魂の痛み”にどう向き合うか

畑埜義雄・和歌山県立医大付属病院院長が特別講演
注目集めた「傾聴ボランティア」育成への提言

畑埜義雄院長
医療にケアを取り戻す傾聴ボランティアの育成にとり組む畑埜義雄院長
 中でも注目を集めたのは、スピリチュアルペインというあまり聞き慣れない痛みの概念について取り上げ、「私は宗教家でもなければ哲学者でもない」と前置き をして講演を始めた畑埜義雄(和歌山県立医科大学教授・麻酔科)氏の特別講演であった。
 スピリチュアルペインとは、死を目前にした患者が「もう先がない」、「死んだらどうなるのかという、言いようのない孤独感、恐怖」あるいは「今までの人生 が無意味に思えてしまう」といった「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」というものを表しており、「霊的な痛み」、「魂の痛み」ともされている。
 畑埜氏は、医療は「Cure(治療)」と「Care(ケア)」から成り立っているが、日本の医療は「治療」中心に進められてきた経緯があると指摘する。それは およそ40年前に導入されたintensive care unit (ICU) が集中治療というように、「Care(ケア)」が治療と訳されていることからも窺えるとした。
 また、手術室で麻酔医が行っている行為はまさにホメオスターシスの維持管理であって、たとえば血圧を上げるという行為は一見治療のようだがホメオ スターシスという概念からすると、これはケア以外のなにものでもない。ペインクリニックについても外国の成書のタイトルなどを見る限り、痛みに対しては 治療ではなくManagementという文言が多いという。
精神的苦痛には「治療」だけでなく「ケア」が必要
 高度成長に支えられた戦後日本の医療が「Care(ケア)」ではなく「Cure(治療)」を中心に発展し、日常的にはほとんどの日本人が 病院という場所で亡くなっているのにもかかわらず、病院の霊安室は人目から避けられて設計されるなど、私たちは「死」を日常から遠ざけようとして来た。 この結果、日本人の生活感から「死」が忌み嫌われるようになりケアの概念が薄れていると氏は指摘する。
 死期が明らかに迫っている患者さんにどう接するか。この種の精神的な苦痛には「Cure(治療)」だけではなく「Care(ケア)」が必要であり、とくに 緩和医療の現場では医療人はより患者に対して共感を持つようにするべきだとして、医療者よりもむしろ傾聴ボランティアが患者の支えとして大きな役割を果たす であろうと畑埜氏は結論づけた。
 氏は、実際に医学生が書いた実習後の感想文なども紹介しながら、医学教育の上でも緩和ケア病棟での実習がケアマインド教育に大きな役割を果たしていること を示し、学生の感想文を聞いた会場からも、その感性の鋭さに感心の溜め息が聞かれた。
 がん終末期医療では身体的、精神的、社会的、そしてスピリチュアルな4つの痛みがある。畑埜氏の問題提起は会場の臨床家に一石投じる形となり、緩和医療の 今後の方向性を考えさせるものがあった。

【医療新報-かわらばん20090620】

 

 
緩和ケア病棟での実習で学んだ今後の方向性
【紹介されたある学生の感想文】

 「治療だけが医療の目的ではないと強く感じたのは、緩和ケア病棟での実習であった。(中略)緩和ケア病棟での患者さんの死は、 治療できなかった結果ではなく、予定通りに訪れた自然の流れと捉えられているように思われた。この《死は自然の流れの一部である》という真実がもっと多くの 人々に理解されたなら、ケアの概念はしっかりと根付くのではないかと思われる…」

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