座談会
●介護環境と消臭をめぐって

    在宅介護をめぐる消臭の問題がクロースアップされている。
    介護の現場で臭いがどの程度気になるのものなのか。介護
    する側と、受ける側ではその対応も異なってくるようだ。
    今回は、在宅介護に深い関心を持ち各方面で活動している
    第一人者に集まっていただき話し合ってもらった。

 

これからの高齢者介護

叶内 これからの介護ということになりますと、どうしても避けて通れない問題があると思います。それはジェンダーフリー(男女共同参画社会)という観点です。男だから女だからという意識の壁を取り払う必要があるんですね。これを乗り越えないと、介護する喜びや介護を受ける感謝の気持ちを共有することが出来ず、この超高齢化社会は悲惨な人間関係になってしまう、と私は思っています。
廣瀬 そうですね、いよいよ来年四月から介護保険が施行されるわけですが、この保険を受けるためには要介護認定を受けなければなりません。この認定で被保険者の希望に満たない部分が出てきた場合、従来受けてきた介護サービスにくらべて質の低下が起こる可能性があると危惧されています。そうしたサービスの質をどう維持向上させていくかがこれからの課題になって来るのではないでしょうか。
田近 私もそう思います。これはおそらく、いま在宅介護をされている方たち全般に言えるのではないかと思うのですが、今度の介護保険については具体的なサービス内容も保険料も、今ひとつ見えてこないという気が致します。私自身、いままで利用できた週一回の入浴サービスにしても、今後はどうなるのだろうかと不安になりますね。
小川 実は僕自体がもう、すでに年なんですよ。72歳なんですがね。だからもう、僕自体の介護のことを考えなくちゃならない年なんですが、その僕がどういうことを考えているかというとですね、自分の体は自分自身で守るというのが基本的にあるんです。ところが、実際に年をとってくると、段々とそうも行かなくなって来るんですね。いずれは、誰かのお世話にならなくちゃならないのかなぁ…とね。それで気になってくるのが臭いなんです。僕はちょっと異常なくらい臭いに敏感なんです。だから将来、誰かの世話になるときに、今度は自分自身の臭いがどうなのかなって…気になっちゃうんですよ。
 

介護現場での“臭い”

田近 臭いというのは、ご承知のように身近な臭いほど本人は慣れてしまって気にならないものなんですね。ところが、いろんなお宅へ出向くホームヘルパーさんなどのお話を聞くとかなり気になるものだそうです。私の母の部屋は南に大きな窓がある日当たりの良い部屋にしていますし、換気にも気を配ってはいるのですが、それでもやはり外からみえる方にはどうなのかと気がかりでして…。それで、先日家に来ていただいているホームヘルパーさんに勇気を出して聞いてみたんです。そうしましたら、幸い我が家の臭いは気にならないとおっしゃって下さって安心いたしましたけど(笑)。外出先から帰って来たときとか、他の部屋から入ってきたときにどうかなって、それくらい気を使ってしまうものなんですよね。
叶内 そうなんですよね。ただでさえ介護で疲れているのに、他人が関与することで消臭や掃除のことまで気がかりになってしまう。そういう問題もこれからは表面化してくるんじゃないかと思います。せっかく介護の一部を家族以外の人にお願い出来るようになっても、そこでもまた気を使っていたのでは、癒しにも何もならなくなってしまいますよね。
廣瀬 私は、何でもかんでも臭いを消すんじゃなくて、生活臭は大事にしていくべきだという考えなんです。確かに不快な臭いは出来るだけ取り除くべきでしょうし、そのほうが快適であることは間違いないのですが、昨今の抗菌グッズブームや電車の吊革にも掴まれないといった過剰反応的な行き過ぎには注意したいですね。
小川 消臭というと化学的な薬品を使って悪臭をごまかすというのが実に多いですね。やはり僕は、自然のもので吸収していくべきだと思います。自然に発生したものは自然のもので吸収していく、そうあるべきだと思います。たとえば鶏ですが、昔は農家の庭先でのびのびと飼われていましたが、今は、あの狭い鶏舎の中で糞の臭いにまみれて無精卵を産んでいるわけです。どちらが健康的かは言わずもがなです。たとえとしては適当でないかも知れませんが、社会的入院を余儀なくされているお年寄りにも、同じようなストレスがあるのではないでしょうか。
叶内 こうして考えてみると、介護という行為には人間としてのとても大事な要素が含まれているような気がしますね。相手を思いやる心といいますか、そうした心の持ちようひとつで汚いものも臭いものも、それほど汚くも臭くもなくなることだってあるんじゃないでしょうか。ただ、それは精神的に余裕がないとなかなか出来ません。どんなに親を愛していても、精神的にギリギリの生活を強いられていては、当たり前の生活臭でさえ耐えられないものになってしまう。ですから、これからの時代にはもっと積極的な介護の環境対策が必要なんだとつくづく感じますね。
(構成・海老原幸雄)

=解説=
 人間の嗅覚は、嗅細胞の数から推測して犬の百万分の一程度といわれている。この嗅細胞は500〜1000種類あって、それぞれの臭いの特徴に応じて反応し、電気信号に変えられ嗅神経を通って脳の嗅覚野に達するが、この情報が大脳皮質に入ってからのメカニズムは非常に複雑でまだよくわかっていない。いずれにしても臭いの感じ方には個人差があり、一般に弱い臭いは強い臭いに抑えられて、強い臭いだけが脳に届くようになっている。この臭いのもとは何かというと空気中に漂う化学物質、つまり臭いの分子である。約40万種あるといわれる臭いの分子のうち、人間がかぎ分けられるのはおよそ3000〜1万種程度とされている。臭いのセンサーは鼻の奥にあるが、その臭いを認識するのは脳の臭覚野である。

【出席者プロフィール】
叶内路子(かなうち・みちこ)54歳
“パートナーシップをキーワードに、心で生きるをモットーに”を掲げた中高年交流 の場「コミュニケーション・スクエア21」を主宰。シニア世代の仕事づくり、仲間づ くりを精力的に展開している。健康生きがいづくりアドバイザー(健康生きがいづく り財団認定)シニアライフアドバイザー(シニアルネサンス財団認定)
廣瀬満(ひろせ・みつる)57歳
板橋区高島平で少年少女サッカークラブのコーチとして活躍。高齢者福祉はもとより青少年と地域福祉活動のあり方にも多くの提言を持つ。(株)福祉開発研究所 営業開発部長。健康生きがいづくりアドバイザー(健康生きがいづくり財団認定)
田近陽子(たぢか・ようこ)69歳
現在、自宅で実母(93歳)の介護をしている在宅介護の実践者。介護問題は目に見え る問題より、目に見えない問題の方がはるかに多く重大であると指摘する。シニアラ イフアドバイザー(シニアルネサンス財団認定)
小川健一(おがわ・けんいち)72歳
「人間も他の動物と同じ地球上の生物に過ぎない」というのが基本的なスタンス。人 間だけを特別扱いした現在の環境論議に警鐘を鳴らす。日本セラピュア(株)代表取 締役