2009年4月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★「生命」を作る「作業台」を厳しく見詰め直せ!
   
 この事故はあまりに禍々(まがまが)しいので気が重いし時間も経つたが、あえて採り上げた。今回もまた「風化」がテーマと なっている。

 香川県高松市の県立中央病院で、昨年9月中旬、体外受精をした不妊治療中の20代女性に、誤って別の患者の受精卵を移植してしまったというのだ。 「作業台に別人の受精卵」という大きな見出しが新聞におどろおどろしく躍っていた。「作業台」「別人」「受精卵」という言葉が一つ一つ胸の奥まで 突き刺さってくるのを覚えた。
 作業台という机の上でいったい何があったのか。まさか人形を作っていたわけではあるまい。“仏造って魂入れず”という諺もあるが、これは生身の生命の 問題だ。

 遺伝子操作による生命への介入は人間性の喪失を招く。「神」が与えた自然に対する冒涜である。こうした声の一方では人間は火を使うことを覚え、道具を 使うことを学び、テクノロジーと共に生き抜いてきた動物である。将来、人類は遺伝子治療を発達させ、バイオテクノロジーを「生きる権利」に結び付けてゆく であろうという声もある。
 そんな医療の流れの中で、体外受精もクローズアップされ、国内初の体外受精児が東北大学医学部附属病院で誕生したのは26年前(1983年)のことであった。 以来、体外受精の赤ちゃんは約2万人生まれている。

 体外受精でこわいのは、卵子や精子は体外に取り出されると、誰のものか見分けがつかなくなるということだ。この厳然たる事実に慣れっこになってしまう 医師とそのスタッフたち。事故を起こした香川県立中央病院の担当医はほぼ毎日受精卵を操作しており、不妊治療を93年から約1000件の実績があったという。  そうしたベテランの上手の手から洩れたものによって、20代の若い女性は妊娠の悦びの絶頂から地獄の苦しみに突き落とされ、中絶されてしまったのである。 病院の責任者は「あってはならないこと」と言った。「その心中は想像を絶する」とも言った。その通りだ。

 だからと言って、もはや“体外受精”という治療は後戻りすることはないであろう。ならば、“作業台での作業”を改めて見詰め直してほしいのだ。
 前回(3月掲載)採り上げた東京医大附属病院はかつて起こしてしまった医療事故の再発を防止するためにスタッフの部屋の入り口に「NEVER FORGET! (決して忘れるな!)」と大書したものを掲げ、「風化」という心の緩みを自戒しているのに注目し、紹介したのであった。
 今回の事故は他のどんな事故よりも「風化」させてはならないものだ。何しろ「誰の受精卵を子宮に戻したのかわからなくなった」というとんでもない過誤に 天誅が下されたのだから。
 願わくば、作業台とやらがある部屋の壁に「NEVER FORGET!」と大書したものを掲示して心に刻み、未来永劫にこの禍々しい医療ミスを忘れないでほしい。

 最後に富小路禎子さんの詠んだ歌を紹介しておく。

        処女(おとめ)にて身に深く持つ 淨(きよ)き卵(らん)
                    秋の日 吾(われ)の心熱くす

 
 
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