2009年2月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★いやな記憶の衝撃から逃げてはいけない
   
 イスラエルvsパレスチナ戦争は、繰り返し世界に地獄絵図を突きつけてやまない。衝撃的なのはイスラエル軍がまたまたあの 残虐非道な悪魔の爆弾「白リン弾」を使った事実だ。この爆弾は大空からまるで滝のように降り注ぎ、逃げる術をすべて断ち切り、 人を焼き尽くすのである。
 米軍が04年イラクで、イスラエル軍が06年レバノン侵攻で、さらにこの年末年始にはパレスチナ自治区ガザ攻略で使った。化学兵器とはみなされず、 国際条約では明確な使用禁止はされていないが、世界は「非人道的兵器」と非難の声を高めた。
 が、イスラエル軍はどこ吹く風だった。イスラム過激派・ハマスの武力はガザとエジプトの境界を貫通する武器密輸用トンネルが集中しており、さらに 彼らのロケット弾はモスクや一般住宅地に隠されているから空爆をやめるわけにはいかないのだ、というのがイスラエル軍のいい分だった。「停戦」で 「白リン弾」投下という直接の恐怖はとりあえず去ったが形はどうあれ緊迫情勢は続き、予断を許さない。
 この間ずっと、イスラエルの報道管制のスキをついてガザから送られてくる写真は心を衝くものばかりだ。爆弾の恐怖におびえ、肉親の死に深い悲しみを たたえる子ども達。
 ガザの病院にはヨーロッパやアラブ諸国から医師が続々と駆けつけてきた。その中に、NPO法人「地球のステージ」代表幹事の桑山紀彦医師がいる。命がけ で緊急医療支援にあたった、ただ一人の日本人医師だが、圧倒的な暴力による市民惨殺の悲劇を目の当たりに見てきたと語る。

 こうした惨状報道の中で、こんな記事が私の目を引かずにはいなかった。その見出しは「お年寄り、つらい記憶は忘れがち?」というものだった。米デューク 大学の研究チームが発表(1月13日、朝日新聞)したもので、「どうやら人間は年齢によって脳の使い方を変え、老人は若人に比べ、嫌な記憶を消すのが上手 らしい」というのだ。その通りだ、と老人である筆者はふと思ってしまう。
 だが、そんなことを言っている場合じゃない、とまるでこの記事を追いかけて反論するかのような記事が2日後に掲載された。「命の重さに想像力を働かせたい」 とその記事(1月15日付朝日新聞「私の視点」)は警鐘を鳴らしているのだ。それは日本のNGO派遣スタッフとして8年前にガザの聾学校で働いていた 女性が自らの体験を通じての訴えだった。
 今度のガザ爆撃の不条理さが8年前の記憶と共に蘇ってきたというのだ。そして「日本のテレビはそうした惨状を大きく取り上げようとせず、お正月番組を 流し続けた」と指摘する。

 原爆の惨状をはじめ、この1月17日に14年目を迎えた阪神大震災、さらにはつい先年新潟や岩手・宮城を襲った大地震にいたるまで、渦中の人や被災者で ない者はすぐに忘れてしまう傾向にある。
 この何とも度し難い“風化”と言う名の記憶装置は、先のデューク大学の研究によれば、「老人は嫌な記憶を消すのが上手」であるということであり、 それは「つらいことの多い世界に生きているので、辛い記憶の衝撃を減らして記憶するようになる」からではないかということのようだ。
 これじゃダメだ。震災―戦争―原爆―白リン弾。このつらくて嫌なことの一つ一つを鮮明に記憶し、想像力を発揮して訴え続ける勇気と気力を持たねばなら ない。天災は忘れた頃にくるのであり、ノーモア原爆、ノーモア白リン弾、ノーモア報復は言い続けない限り,すぐに忘れ去られていくのである。

 
 
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