2009年1月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★余生を送る場所は刑務所にしかないのか!?
   
 家なし・職なし・金なし・身寄りなしの79歳老女が余生を刑務所で過ごすことを思いついた。この老女にとって刑務所は “天国”なのだ。
 昨年2月掲載の本欄を思い起こしてほしい。法務省が全国の3刑務所(広島、高松、大分)に高齢受刑者向けの専用棟を新しく設けるために07年度補正予算案 に建設費83億円が計上されたことをお知らせした。
 それは“服役者天国“の奇妙なクローズアップであったが、今回はこの実態を舞台にした79歳老女のやりきれない話である。

 老女が思いついたのは罪を犯して“天国“と言う名の刑務所にはいり、そこで余生を送ることであった。老女は知っていた。高齢受刑者の専用棟は廊下に 手すり、エレベーター完備、フロアの段差解消…といった内部の諸設備だけではなく、診療が受けやすいように、近くの公立病院と連携しているので、 費用や保険証の心配もなくスムーズに受診することが出来る。余生を送るのに、これ以上快適な環境がどこにあろうか。
 老女は刑務所という名の“天国”にいくためには何はともあれ罪を犯さねばならない。老女はスーパーで万引きをする。捕まる。そして福祉設備に収容されて しまう。だが、これは老女の「思いつき計画」の意に添わない。「小さなことでは警察に泊めてもらえない。なんかせにゃならん」。
 老女は施設を脱走してさまよった挙句、「思いつき」を確実に実現するため身勝手このうえないことをやってのけるのだ。東京・渋谷のデパート前で、 通りすがりの若い女性2人を果物ナイフで刺傷させたのである。相手は誰でもよかった。秋葉原で起こった無差別殺傷事件(平成20年8月22日)の犯人と 同じだ。
 老女はこうして、傷害事件で逮捕され、懲役4年の実刑判決を受ける。そして行く先は“天国”という名の刑務所である。これで老女は万事うまくいったので あろうか―。
 そうはいかない、と私は推測する。その根拠は08年版の犯罪白書にある。それによると、刑法犯全体に占める高齢者(65歳以上)の割合は20年前に比べて 10ポイント以上増えて13・3%に達したことを指摘しているからだ。身寄りがなく住む所も持たない高齢受刑者は刑務所にさっさと戻ってくる傾向に あるのだ。

 「長生きしすぎた。なかなか死ねない。どうしたらいいのか」と老女は呟く。刑務所で“天国”の生活を4年続けたあと、社会に出てくる時は83歳になって いる。その前途は暗澹たるものだ。老女がたとえ寓話の『アリとキリギリス』の「キリギリス」であったとしても同情を禁じえない。
 ――が、自分勝手な余生を送る場所を安易に獲得するために、誰でもいい、人を殺傷するとなると、これはもう言語道断である。

 
 
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