2008年2月1日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
このコラムに関するご意見、ご感想をお寄せください。
 
 
 
 ★「本末転倒」が不気味に増殖する!
   
 いま日本は猛スピードで高齢化していくのに、恐ろしいことには、それを支えるシステムがなにもないのだ。こうした システムを備えるために、国が最初に手をつけたのは、あろうことか、刑務所の高齢者棟建設だとしたら…。

 「過度の正義は秩序を乱す」(阿川弘之「大人の見識」=新潮社・07年11月)ことを国は真っ先にやろうとしているのではないか。悪いことには当事者がその事に気付いていないということだ。こうした本末転倒が秩序を乱す最たるものであることは明らかだ。

 年金だけでは到底生活していけない惨状、老老介護のせつない破綻、痛烈な孤独死。救急患者のたらい回しも言語を絶する。昨夏、奈良県の妊婦が11病院に受け入れを拒否された末に死産するという事件が起こった。06年に産科病院に救急搬送された約3万5千件のうち、病院から5回以上受け入れを拒否されたケースが220件もあった。この年末(12月25日)には大阪府で89歳の女性がなんと30病院から拒否され死亡した。さらに今年に入って1月のはじめ、東京都ではこんな事件が発生した。90歳の母と68歳の娘の2人暮らし。娘は喘息の持病、母は脳梗塞を患って重度の要介護者だった。そんな暮らしの中で娘が病死、母は娘の介護をうけられず、あとを追うように病死。家庭は一挙に崩壊した。死後数日経って訪ねてきた66歳の次女が発見した。90歳―68歳―66歳が描いた世相の断面はあまりにも鋭い。

 この、のっぴきならぬ現実を頭の隅において、刑務所の話題にもどる。法務省は全国の3刑務所(広島、高松、大分)に高齢受刑者向けの専用棟を新たに設けることを決めた。収容360人。07年度の補正予算案に建設費83億円を計上した。

 日常生活に支障のある受刑者が過ごしやすいように、フロアの段差をなくしてバリアフリーにし、居住棟から作業場への移動では転倒事故防止の手すりをめぐらせ、エレベーターを完備。そのうえ、近くの公立病院と連携して服役者の診療を受けやすくする。これには職員の負担を減らす狙いもあるという。

 犯罪を10回以上重ねた者を「多数回犯罪者」というが、それが占める65歳以上の割合が95年に7・9%だったのが05年には20・3%に達しているのをみても、高齢受刑者は刑務所にさっさと戻ってくる傾向にあるのは確かだ。

 こうした“服役者天国”を支えているのは日々まともな生活を営んでいる人たちだ。建設費83億円はいわばその汗の結晶である。そしてそうした人たちもまた、スピードを加えた高齢化に直面しているのである。このなんとも腹ただしい本末転倒の厳しい現実が当然のように展開してゆくのだ。

 高齢者に配慮した刑務所建設の趣旨に反対する理由は何もない。罪を犯した人たちへの愛の手がとやかく言われる筋合いもないであろう。ただ私は、そうした“過度の正義”がもたらしがちな本末転倒の現象が、スピードアップしてゆく高齢化の現象と絡まりあいながら無気味に増殖してゆく社会の歪みを憂慮するだけである。

 
 
今月のコラム【待合室】へ戻る

 



医療新報MENUへ戻る