待合室
2003年12月1日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★情報開示 中国は11月に入ってSARS再発に備える臨戦態勢に入った。サーズが横行したこの4月、中国は手痛い失策を犯してしまった。その深い傷跡が残した最大の教訓は情報開示の重要性であった。北京の病院の対応が遅れ、防波堤であるはずの病院の対応が崩れ、病院が逆に感染拡大の温床になってしまったのもそのためだ。
これを「対岸の火事」とみてはなるまい。「他山の石」と銘じたい。
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 茨城の病院で結核の集団発生が発覚した事件は記憶にあたらしい。この5年で集団 感染が実に200件以上も発生しているという。日本の結核ピークは敗戦前後。はるか昔のことという幻想がまかり通ってしまい、結核治療は専門の医療機関に任せ治療経験が蓄積されていないというのが現状だ。何を心配しているのかというと、サーズ対策は結核治療マニュアルを参考に練られているというが、そもそも結核対策自体が頼りないのにサーズ対策は大丈夫なのであろうか、ということだ。
 
 ★病院淘汰 四つ星だ、五つ星だ…と世の中は「格付け」ばやり。その流れは医師や病院の世界でも例外ではなくなってきた。アメリカの格付け会社が相次いで日本の医療法人の格付け事業に乗り出している。これに伴って医療が「選ばれる」時代に入り、医師の間にも「患者に選ばれたい」という気持ちがわいてきた。日本の医療にはこれまで質的な差はないというタテマエがあったが、幸いにもこれが崩れかかってきたのだ。「ブランド」と「実力」は別物ではないかという考え方が増えてもきた。病院淘汰が加速する可能性が秘められているといえよう。
 
 ★母乳礼賛 鳥取大学農学部の原田悦守教授のグループが発表した画期的な研究成果を紹介する。この研究は「乳児が母乳をのみ終えるとすやすや眠るのは、腹一杯になっただけではなく、母乳にふくまれているラクトフェリンが脳に作用するのではないかと気付いた」(原田教授)ところから始まる。ラクトフェリンはタンパク質の一種でこれまでは抗菌・抗ウイルス作用、抗ガン作用などの機能が知られていたが、この研究で非常に強い鎮痛効果があることがつきとめられた。その効果はモルヒネを上回り、副作用はないという。激痛から解放してくれる母乳の生命(いのち)を温かくつつみ込む癒しの効果は絶大だ。
 志賀直哉は名作『暗夜行路』前編結尾で主人公の謙作が女の乳房を自分の掌(てのひら)で受けて感じられるものを「豊年だ!豊年だ!」と言ったと書く。そしてこう続ける。「そういいながら、彼は幾度となくそれを揺振(ゆすぶ)った。何か知れなかった。が、とにかくそれは彼の空虚を満たしてくれる、何かしら唯一の貴重な物、その象徴として彼には感ぜられるのであった。」志賀直哉はこの小説を書いた大正10年にすでにその鋭い文学的センサーで乳房のすばらしいフォルムや豊かなボリュームの奥にたゆたう神からの貴重な贈り物である母乳を感受し、礼賛していたのである
  
 
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