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先日、近所の里山を散策していると数メートル先の斜面に鮮やかな赤いものが目に
入った。何かと思い近づいてみると傘の部分が丸くて赤いキノコが枯葉の中から顔をしていた(写真)。見るからに毒がありそうだったので触らずに写真を撮り家
に帰って調べてみると、タマゴタケというキノコであるらしい。毒はなく食用にされると書いてある。キノコ自体が壊れやすく、一般にはほとんど流通して
いないらしい。茹でると煮汁に黄色い色素が出るため、色を楽しむには茹でずに焼いたほうがいいのだそうである。しかも、味は強いうま味がありフライや
炊き込みご飯、オムレツなどによく合うとまで書いてある。ここまで読んで、ちょっともったいないことをしたかなとも思ったが、猛毒で知られるベニテングダケ
にもよく似ているのでとても食べる勇気は涌いてこなかった。
ずいぶん昔に恩師から聞いた話だが、ヘルシンキ大学のある教授夫妻が学会で来日した折に、北海道の登別周辺を山あるきして楽しんだという。地獄谷周辺の
山々を夫婦で地図を頼りに1日5〜6時間かけて歩いたそうである。ある日の夕方、帰ってきた夫妻はアノラックのポケットから褐色のキノコを大事そうに取り出し、
フィンランドでは珍重されているキノコだと目を輝かせたという。教授夫妻の説明によると、フィンランドの図鑑には毒性を示す欄に猛毒である意味の三ツ星が、味の良さ
を示す欄にも最高の三ツ星がついていることで有名なキノコだという。このキノコの学名は「gyromitra esculenta」といい、生ではもちろん猛毒だが一度煮るとか
なり毒性は減り、二度の煮沸で完全に無毒になって美味しさが最高になるという。しかしここは日本で、フィンランドではない。今にも煮炊きを始めそうな二人に
対して恩師は必死になって説得し事なきを得たという笑い話を聞かせてくれたのである。それにしても煮沸で無毒になることがわかるまでに、ずいぶん沢山の人が
犠牲になったであろうし、煮沸で毒性が減ることがわかってからも、最初に食べた人は相当勇気がいったのではないかと思う。
話は変わって伝説上の人物になるが、「神農」という古代中国の皇帝は山野を歩いて草木を食し一日に70回も中毒を起こしてその効用や毒性を検査したと伝え
られている。中国の長い歴史の中で集められた植物の薬効や毒性に関する情報を一人の人物になぞらえて神格化したものが「神農」だとも言われている。東京・
文京区の湯島聖堂では毎年この11月の勤労感謝の日に医薬に関係した人たちが集まって「神農祭」が執り行われていて、今年も11月23日に開催されるそうだ。
湯島聖堂にある神農像の頭には牛のような角があり、全身を木の葉で作った衣で被っていてなんとも人間味がある。舌先に感じる些細な味覚の変化や刺激性の
感覚に神経をとがらせて生きてきた古代の人たちは、同時に薬効や毒性を見極めてきたわけである。その中には生で食せず煮炊きして食したことから偶然に発見
されたキノコの美味もあったに違いない。
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