2013年1月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
このコラムに関するご意見、ご感想をお寄せください。
 
 
 
 ★「だいじょうぶだよ」と終(つい)の道を行く
   

  新春早々、池袋東口の映画館・新文芸坐で感動的な映画を観た。「終(つい)の信託」である。高倉健主演の「あなたへ」と2本立て 興行でこの映画は上映(〜1月3日)された。日刊スポーツ映画大賞の作品賞に選ばれた映画である。
 タイトルの「終」は「つい」と読ませ、「命のおわり」のことであり、「信託」とは「自分の命を相手に移し替えて、その処分をまかせること」を意味する。 したがって「終の信託」とは本稿が新春のテーマに選ぼうとしている理念に即していえば、「尊厳死」そのものなのである。
 愛と医療との狭間に揺れての重大な決断を周防正行監督は何の外連味(けれんみ)もなく描いていったのはさすがであった。監督夫人の草刈民代と役所広司が 16年ぶり(「shall we ダンス?」以来)の共演をしていることも評判となっていた。
 が、何よりも今日的な医療問題に触れながら良質な大人のラブストーリーを展開した生き詰まるドラマであった。そしてやがてこのドラマに訪れる衝撃的な結末は 観る者の心を熱くさせずにはいなかった。

 思えば団塊の世代(1947年〜49年に生をうけた人たち)は10年たらずで後期高齢者となる。そして団塊の世代を含む60歳以上の高齢者の資産は全体の6割を 占める。したがって若い人たちの収入が伸び悩む中、富を世代間でどう分かち合うのか。このことが常に問題となってくる。そしてさらに、いま必要なのは、 「尊厳死」の心構えなのである。
 彼らもやがて年老いて延命治療中止の際のルールづくりが求められてくる。それなのに、前回も執拗なまでに触れてきたが、問題を先送りする施策ばかりが目に つく。そんな時、わたしたちには「尊厳死」への不動の心構えが必要になってくるのではないだろうか。

 そんな時、「終の信託」をみちびいてくれる序奏のような出来事がニュースとしてとどけられた。これまた新春にふさわしい心構えへのメッセージであった。
 それは東日本大震災で、津波にのまれた高田松原(岩手県陸前高田市)が7万本の松のなかで1本だけを残して姿をけしてしまった。この出来事は人々を感銘 させるものとなった。ところが、なんとこの1本松だけでなく、クロマツの新芽が自生しているのがみつかった、というニュースがとびこんできたのである。 かつて松原のあった付近を散歩しているときに「高田松原を守る会」のメンバーである及川征喜さんが発見したのだ。「力強く子孫を残してくれたことが嬉しい。 松原の再生につなげたい」と喜びの声をあげた。
 ややもすれば、震災からの復活への掛け声の「頑張ろう」には違和感があり、「絆」にはきれいごとのようにも聞こえてくる。そんな中で「あの奇跡の1本松や 新芽は」と高橋明氏(東北大学病院科長)は「ここにいるよ。だいじょうぶだよ」と言ってくれているようだと思いを馳せる。
 そう、いま必要なのは「頑張ろう」ではなく「ここにいるよ」「だいじょうぶだよ」なのである。旧年の悪縁を断ち、新しい年の良縁を結ぼうとする人たちが、 あたらしい年に踏み出した時、きっと松原の1本松やクロマツの新芽は「ここにいるよ」「だいじょうぶだよ」とやさしく応えてくれるに違いない。そう願って今年は 「終の道」を穏やかに歩いて行こうと思うのである。

 
 
今月のコラム【待合室】へ戻る

 



医療新報MENUへ戻る