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胃瘻―前回この難しい漢字に戸惑って思わず「この漢字ご存知だろうか」と問い掛けた。
と思っていたら、なんと「胃ろう(以下「胃ろう」と表記)」というのはなにも特殊なものではなく、これへの関心は専門家である医師だけではなく、一般の患者
やその近親者にまで高まっているというのだ。
日本では胃ろう導入は1990年代に入ってからで、簡単に造設できることなどから、2000年代に入って、口から食べるのが難し
くなったお年寄りらの医療に、急速に広がっていったといわれている。この「胃ろう」ともう一つ、前回こだわっていたのに
採り上げなかった字といえば、看護師の国家試験で、たとえば「床ずれ」が「褥瘡(じょくそう)」という一見おどろおどろ
した漢字で表現されているのは、いかがなものかという事であった。
そんな時、新聞が厚労省や看護業界は海外から医療人材導入の必要性を認めていないことを指摘、2025年にはなんと最大
20万人の看護職が不足するとの研究報告を紹介する。そして今まさに欧米では高度人材である看護師の獲得競争が起きており、
アジアでも競争激化は目に見えている。その時になって手を打っても遅すぎると警鐘を鳴らしている(朝日新聞2月28日付け)。
インドネシアやフィリピンの外国人看護師が日本で働こうとしているのを阻害する要因の一つが、“漢字鎖国”にあるとする
なら、こんな愚策はないというものだ。看護師として働く場所を日本に求めている人たちの大半は母国の看護師資格をもち、
実務経験もあるというではないか。
「床ずれ」を「褥瘡」と表現する“医療語”を象徴的に採り上げて看護エネルギーの絶対的な不足によって「医療難民」が
うまれるおそれがあることを指摘しておきたいのである。
「内なるグローバル化を進めよう」と小林・伊藤忠商事会長は日経紙「あすへの課題」(2月28日付け)で呼びかけていた。「一人
ひとりが世界的な視野をもって考えるべき時がきている」のだと。まさにその通りである。
あなたは、あるいはあなたの親や近親者は高齢療養者として、口から食べる事が難しくなったらどうしますか―。
介護型療養病床の現場は人手不足でケアに手が廻らず、胃ろうの造設など安易な方向に走りかねない情況がうまれてくる。
つまり高齢者はケアと医療の両方を受けられる施設を出て医療機関に入院せざるをえなくなってしまうのだ。
いま多くの高齢者は受け入れ先の医療機関で、自然な経過での看(み)取りに向けた十分なケアも受けられず、言うなれば
「あわただしい死」を迎えているとみられている。「人間らしく安らかに自然な死を迎える権利はどこへいってしまったのか―」
と訴える人たちの声も大きくなってきた。
財政削減のために、やみくもに医療費を削り、外国からの“看護エネルギー”の受け入れには腰を引く情況のなかで、いま
私たちは人手を減らさざるをえない局面に遭遇し、その結果、適切な医療を受けられない「医療難民」の発生に巻き込まれよう
としている。
私たちは地の果てに住んでいるわけではない。「難民」だけはご免蒙りたいものである。
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