2010年9月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★暗黒の閉鎖環境が人の心を襲う凄まじいストレス
   

 防災の日・9月1日を前に、8月31日はいろんなことがあった。南米チリ北部の鉱山で地下に閉じ込められた33人の作業員救出 大作戦が緒についた。巨大ドリルが持ち込まれ、救出トンネル掘りが着工され、日本の優れた掘削技術の協力も要望された。そしてこの日、 アメリカが7年にわたるイラクでの戦闘任務を終えたと、オバマ大統領が宣言した。

 一方、国内では、民主党代表選が告示され菅VS小沢の全面対決の構図が固まった日でもあった。そして東証は、一時、今年最安値を更新し、この夏の暑さは (統計が取られて以来)113年で平均気温最高というありがたくない記録を刻んでもいた。


 チリの大統領が地下700メートルに閉じ込められた33人が全員無事であることを発表したのは8月22日だったが「17日間も生き抜いていた!」と 人々は狂喜し、車のクラクションを鳴らしながら興奮を巻き起こした。

 地上と隔絶されていた様子がわかってきた。注目されたのは、リーダーが選ばれ、その強い指導力によって、パニックに陥らず規律を保ってきたということで あった。

 救出作戦もそれに応え、一時の興奮を収め、事実を見据えて展開された。細いチューブを通して、食料や水や薬などが地下に送り届けられていく。これを 「パロマ(鳩)」作戦とよんだ。そうした作業に期待する家族たちはテント暮らしで見守った。このキャンプは「エスペランサ(希望)」とよばれた。

 そうした熱い思いを担ったパロマ作戦にはいろんな問題・要望が次々にもちこまれてくる。例えば、ホルモン調節などを司る体内時計がずれると、睡眠障害や 思考、食欲の低下も起こる。だが厄介なことには、体内時計は意志でコントロールできない。この解決には、坑内の照明の強弱で体内時計をリセットし、できる だけ「日常」を作り出していかねばならない。「パロマ」はそれに必要な電気器具なども、懸命になって運んでゆく。

 さらに、高温多湿な環境は感染症が発生しやすく、それに対応したワクチンやインフルエンザのワクチンも必要となった。脱水症状に効く薬もほしい。医療知識 のある作業員がいるので接種は可能だ。そう思うとなんとしても届けたい。「パロマ」は「命をつなぐチューブ」の中を懸命になって往復する。

 このパロマ(鳩)は民主党代表選を権力闘争にしないようにと「トロイカ」とか「トロイカ+1」といったわけのわからぬことを提示して、行ったり来たりして いた“子どもの使い”のようなあの鳩山さんとは訳が違う「パロマ」なのである。


 それはさておき、私たちは救援チームの1人が自分自身に言い聞かせるようにこう言ったのを耳にする。「あいつらは、地下で過ごすことに慣れているから 大丈夫だ」。その心意気を失わないように祈りたい。無気力、うつ病などなど、最大の敵は心の病だ。精神面での支援による心のケアはもっとも欠かせない部門 だ。気分転換の強力な援軍であるソニーの携帯ゲーム機「プレステーション・ポータブル(PSP)」はすでに届けられている。光りファイバーテレビも?がれた。

 NASAは医療、栄養、閉鎖環境での行動など、宇宙に長期滞在する飛行士の心の管理の豊富な体験とノウハウを提供している。

 NASAは「ワインとタバコが欲しい」という地下からの要望を却下し、アルコールより栄養を、と声をかけ、タバコの禁断症状に苦しむ人にはタバコそのもの ではなく「ニコチン・パッチ」などを送っている。こうした的確な管理と指示は心強い。


 援助の手はいまや世界中から差し伸べられている。だが、援助する側は、平和な大地に足をつけているのに、地下の作業員や瞬時のゆるみも死につながる戦火の 中での兵士たちは地獄のようなストレスにさらされている。そしてその家族たちの心に刻み込まれたトラウマ(心的外傷)もまた想像を絶するものがある。

 こうした厳しい事実から目をそむけず、いたずらに車のクラクションを鳴らして走りまわるだけの興奮に巻き込まれずに、腰を据えていきたいと思う。

 
 
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