2010年5月15日
 
コラム【待合室】は、
病院の待合室という特殊な空間に身を置いて「医療」を眺めています。
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 ★「医療観光」ビジネスを誘う9兆円マーケット
   

 「国境なき医師団」はあらゆる災害に苦しむ人々を差別することなく医療の手を差し伸べ、その活動はたかく評価されている。

 この「国境なき医師団」の理念をまるで逆手にとったような“国境なき医療ビジネス”が注目されている。「医療観光(メディカル・ツーリズム)」といわれて いるのがそれだ。「医療」と「観光」という、結びつきそうもないものを結合したところに、大きな可能性が秘められている。そして今や「医療観光」の 世界市場は1千億ドル(9兆3千億円)にものぼるというのだ。

 これに逸早く反応したのがタイだった。現在のタイは死傷者をだす騒乱をくりかえしているが、少なくともこの不安定な情況前のタイは、政府の後押し、 安い治療費、“ほほえみの国”のキャッチフレーズによって「医療観光」の大国の位置を築いてきた。そうした様子は日本でもテレビでしばしば放映されてきた ので、おなじみの風景である。

 病院は医療施設を完備するだけでなく、まるで超一流のホテルの雰囲気を出すことに工夫し、受付には日本語に堪能な若い女性を配し、医療と観光がなに 不自由なく両立する生活を提供してくれるのである。旅先の外国で病気に罹り言葉や費用の不安に襲われるといった情況とは、まるで異次元の風景なのだ。


 日本でも高水準の医療を売り物に外国人を誘致する病院が現れ始めた。客はなんといっても、中国人である。中国はいま空前の海外旅行ブーム。その豪遊ぶりは 不況日本を仰天させる。その延長線上に「検診ツアー」がある。日本医療の高い評価も相まって、客はウナギのぼりだ。癌研有明病院では国際医療チームを 立ち上げ、千葉・鴨川の亀田メデカルセンターでは将来は13階建ての入院病棟のワンフロアーを「外国人専用」とする構想を立てている。

 行政も動く。国家戦略室は医療滞在ビザ構想を6月中にまとめ、今年を「医療観光元年」と位置付ける姿勢を明らかにしている。

 関連ビジネスも盛んになってきた。すでに日本旅行は昨年4月から中国の富裕層むけの「検診ツアー」の販売を始めている。観光とPET(全身を一度に診る 陽電子放射断層撮影)検診をセットで100万円を超すそうだが、これまで43人が参加したという。JTBや藤田観光も手がけ始めた。さらに、大阪の通訳者・ 翻訳者養成学校では「医療通訳」コースの講座を開くという。


 「医療観光」は国内医療でいま大きな問題となっている「医療崩壊」や「看護師不足」の問題解決にも寄与しようとしているともいえる。

 「医療崩壊」の眞の原因は患者・医師の意思疎通のまずさが直接の引き金になっていると、太田富雄・大阪脳神経外科病院名誉院長はこう断言する (朝日新聞3月11日付け「私の視点」欄)。「急ぐべきは医師の増員でも医師間の経済的格差付けでもなく、自然と頭の下がる『良医』の養成である」と。 医療の国際化によって、病院が医療技術やサービスの向上を誘う環境は「良医」養成の原動力の一つとなっていくであろう。

 もう一つの「看護師不足」についても、なるほど医労連のアンケートによると、慢性疲労をうってえる看護職員の割合は7割を超えてはいるが、 にっちもさっちもいかない問題であるかどうか。亀田メデカルセンターでは日本の看護資格の取得を目指す4人のフィリピン人が働いており、夏までには 資格を取得ずみの中国人看護師を雇う計画もあるという。

 経済連携協定(EPA)でインドネシアとフィリピンから看護師や介護福祉士の候補者たちが来日、日本の“国境なき医療体制”にくみ込まれ、言葉の壁に ぶつかってはいるが、働きながら勉強ができる環境に恵まれている。そして、たとえば慶大では横浜の病院で研修中のインドネシアの看護師候補者のサポートに 取り組み始めてもいる。

 どうやら、医療のかたちは今や新時代を迎えているようだ。

 
 
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